KYOTO LETTER 編集部
『京都でつながる本と私。』第3回は、記念すべき第10回の京都本大賞に見事輝いた小説『ジュリーの世界』をご紹介。京都とは、街歩きの街。観光で食う街。そして、歴史ある街。京都のエッセンスがぎゅっと1冊に詰まったエンタメ小説『ジュリーの世界』を楽しみませんか?
「京都でつながる本と私。」
この連載では、京都ゆかりの作家の書籍や、京都が舞台の物語を紹介しています。今回は第10回京都本大賞も受賞した、京都が舞台の小説『ジュリーの世界』をご紹介します!
京都本大賞とは、年1回選考される文学賞です。過去一年に発刊された京都府を舞台とした小説の中から、「最も地元の人に読んでほしい」小説を決める賞。
2022年度に選考された記念すべき第10回の京都本大賞に、見事輝いたのが増山実さん著のエンタメ小説『ジュリーの世界』です。『ジュリーの世界』はフィクションのエンタメ小説でありながら、実在の人物をモデルにして書かれています。完全なる創作世界ではないエンタメ小説です。
本作は、京都の解像度がすばらしく高い作品です。さすがの京都本大賞受賞作。あなたの大好きな京都の街並みと併せて読んでいきませんか?
小説『ジュリーの世界』は、朝7時の祇園四条通りの描写で始まります。あなたは早朝に、京都の商店街を歩いたことがありますか?
あなたが店主ならば、お店を開ける準備をしながら。あなたが学生や会社員ならば、通勤や通学の途中で。あなたが観光客ならば、夜行バスで到着したばかりの早朝に。
しんとして1日が始まる期待に胸を踊らす京都をみることができるでしょう。
ほとんど、どこのお店も明かりはついていません。シャッターが閉まっているお店も多いでしょう。けれどもとても明るいのです。
一本の道がまっすぐ広がる京都の商店街の見通しの良さ。加えてお天気の良いことが多い京都の気候。前向きな明るさに満ち満ちています。
『ジュリーの世界』著者の増山実さんも、これから起き出す早朝の京都の街が大好きなようです。冒頭に、気持ちの良い朝の京都の街並みを楽しんでください。
『ジュリーの世界』で登場する京都河原町界隈。縦に横に、規則正しく道路が交錯します。
この河原町界隈は、ほとんどの人が歩いて移動しているような印象を受けます。自転車はほとんど見ません。バイクはもっと少ないでしょう。自家用車よりも、市バスの方が目立つ時間帯もあるほどです。
個人の移動は足で。これは碁盤の目状の土地の特性もあるかもしれませんが、何より見どころたっぷりの商店街を存分に楽しむためではないでしょうか。
右に左に目を輝かせながら、気になったお店へふらりと立ち寄る。そうしたのんびりとした自由な日常が、河原町界隈には広がっています。
『ジュリーの世界』に登場する新米のおまわりさん、木戸さん。木戸さんが先輩にパトロールを教わる場面があります。「歩くこと」が好きかと問われ、自分の足で街を見守るようにと教わるのです。
おまわりさんが歩いてパトロールをするとは、なんとも珍しいように感じました。パトカーやバイクの方が、効率がいいようにも感じます。おまわりさんの仕事が「歩くこと」なのは、京都の河原町界隈だからこその部分もあるのではないでしょうか。
みんなは歩いて街を楽しむ。そこに寄り添うように、おまわりさんも街を歩く。
京都河原町界隈とは、街歩きの街だと思うのです。調べてそこを目的地に車を飛ばすのではなくて、目的なしに街歩きをして素敵なものを見つける街だと思うのです。
京都といえば観光地です。日本だけでなく世界中から観光客がやってきます。河原町界隈は特別賑わうでしょう。
観光客が京都へ抱くイメージとは一体どんなものでしょうか。のどかで、のんびりしていて、「おいでやす〜」といった物腰柔らかさではないでしょうか。
もちろん京都の素敵な魅力です。けれども、京都の住民には、「のどかでのんびり」なイメージを失うと大変だという焦りもあるもの。『ジュリーの世界』に登場するおまわりさんたちは度々「流浪者狩り」の問題へ直面します。
「のどかでのんびり」な京都で人を殴る蹴るする者がいるなんて、とショックな描写ではないでしょうか。けれども街のイメージダウンを防ぐために手荒な対策が行われることもまた事実かもしれません。
『ジュリーの世界』で三条京極署に努めるおまわりさんたちは、「河原町のジュリー」へ絶大な信頼を寄せています。「河原町のジュリー」たちを守ろうと必死にがんばってくれています。けれども「のどかでのんびり」した京都にふさわしくないものは排除したいという動きもある。
これは外部の者から見た観光地・京都の意外な一面かもしれません。
京都には「昔ながら」がたくさん現存しています。普段は感じることのない歴史をひしひし感じることもあるのではないでしょうか。
『ジュリーの世界』は、幅広い時間軸が交錯します。淀殿や豊臣秀吉といった、歴史上の偉人もたくさん登場します。『ジュリーの世界』の主人公、おまわりさんの木戸さんも、時間軸を大きく移動します。
これは歴史ある街である京都を、小説ならではの形で表現しているからではないでしょうか。無作為に時系列が前後するのではありません。小説『ジュリーの世界』で流れる時間たちが、京都の歴史をより際立たせているのです。
京都本大賞を受賞した小説『ジュリーの世界』。ただ面白く楽しめるエンタメ小説にとどまらず、京都を高解像度で書き表している小説ではないでしょうか。読めばきっと、もっと京都が好きになる。京都のエッセンスがぎゅっと詰まったエンタメ小説です。
■詳細情報タイトル:ジュリーの世界著者名 :増山 実出版社 :ポプラ社 (2021/4)
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